大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成2年(ワ)14133号 判決

原告

株式会社マイクロエレクトロニクステクノロジー

右代表者代表取締役

田中重人

原告

東京三洋貿易株式会社

右代表者代表取締役

熊谷孝雄

原告

株式会社ル・レーヴ

右代表者代表取締役

熊谷孝雄

原告

アマストコンピューター株式会社

右代表者代表取締役

髙橋和男

原告

株式会社キヨ

右代表者代表取締役

縣稔

原告

株式会社ガストロニック

右代表者代表取締役

熊谷孝雄

原告

株式会社ミアグ・ジャパン

右代表者代表取締役

縣稔

原告

熊谷孝雄

正岡義男

田中一三

田中重人

辻橋貞利

田中愛子

竹中照恵

縣稔

尾木薫

右原告ら訴訟代理人弁護士

花輪達也

被告

ベアー・スターンズ・アンド・カンパニー・インク

右代表者社長

ジェイムス・イー・ケイン

右訴訟代理人弁護士

立石則文

志知俊秀

右訴訟復代理人弁護士

前田陽司

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

1  請求

被告は、原告らそれぞれに対し、各一万米ドル及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  本案前の答弁

主文一項同旨(わが国には本訴について被告に対する国際裁判管轄権は存しない。)

第二事案の概要

本件は、原告らが、原告らが所有する株券を証券会社である被告に寄託していたところ、被告が原告らからの右株券返還請求に応じなかったため、その後になされた米国裁判所の差押命令により被告が右株券の所持を失い、右株券の原告らへの返還が不可能になったので、原告らは右株券が表章する株式価格相当の損害を受けたと主張して、被告に対し債務不履行に基づく損害賠償を求めている事案であり、これに対し被告は、本訴についてのわが国の裁判権の存在を争っている。

一国際裁判管轄に関する原告の主張

本件は、寄託契約の債務不履行に基づく損害賠償請求であるところ、寄託契約の準拠法について当事者間の合意がなかったので、法例七条二項により行為地法によることになり、同法九条二項により申込者である原告らの住所地が行為地とみなされることから日本法が準拠法となる。したがって、民法四八四条により損害賠償債務の義務履行地は原告らの住所地になるから、民事訴訟法五条による裁判籍が日本国内にあるので、わが国の裁判所に管轄権が認められるべきである。

二国際裁判管轄に関する被告の主張

1  義務履行地

寄託契約は米国内において被告と訴外安富清之(以下「安富」という。)の間に成立したものであるから、準拠法は法例七条二項により米国法である。仮に原告らと被告との間に寄託契約が成立するとしても、原告は安富を代理人として契約を締結したのだから、行為地は米国であり、法例九条の適用はない。

したがって、民法四八四条により原告らの住所が義務履行地となることはない。

2  特段の事情の存在

本件においては、準拠法が米国法であること、本件に関する証拠はほとんど英文で作成されておりかつ米国内に存在すること、被告は日本国内に資産や営業所を全く有していないこと、本件は米国内における経済活動に関する紛争であること等の特段の事情が認められ、本件について日本の裁判所に管轄権を認めることは当事者の公平、裁判の適正・迅速をはかる見地からする条理に反するものというべきである。

第三国際裁判管轄権に対する判断

一証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実

1  安富は、昭和六三年一二月中旬ころ、被告ロスアンゼルス支店に自己名義の口座を開設して証券取引を行うにあたり、担保代用有価証券として被告にアメリカ合衆国デラウェア州法人THT社(THT社)の七〇万株の株券を寄託した。このうち二〇万株については、同月一六日、安富の指示により被告が売却し、売却代金は同月二〇日安富に交付されている。(〈書証番号略〉)

2  被告ロスアンゼルス支店は、同年一二月二一日、別紙株券目録記載の各株券(本件株券)を含むTHT社の株券(合計一六五万株)を、同社の株式名義書換代行会社である訴外アメリカン・セキュリティーズ・トランスファー・インコーポレイテッド(アメリカン・セキュリティーズ社)を通じて、原告らないし安富から寄託を受けた(預けたのが原告らか安富かについては、争いがある)。(〈書証番号略〉)

3  被告はその後、安富及び原告らの双方から、本件株券を含むTHT社の一六五万株の株券を訴外ロッキー・マウンテン・セキュリティーズ・アンド・インベストメント・インコーポレイテッド(ロッキー・マウンテン社)に送付するよう指示を受けたが、被告はこの指示に従わなかった。(〈書証番号略〉)

4  訴外米国法人メリルリンチ・ピアース・フェナー・アンド・スミス・インコーポレーテッド(メリルリンチ)が、安富、訴外株式会社エムイーアイジャパン(エムイーアイ)及び訴外米国法人チャンプス・バート・アンド・シーに対し米国で提起した損害賠償請求訴訟(米国第一次訴訟)に関連して、メリルリンチの申立により、昭和六三年一二月三〇日、ニューヨーク州南部地区連邦裁判所の発した安富らの資産の差押命令及びこれに対する応答書提出命令が被告に送達された。(〈書証番号略〉)

5  原告らを含むTHT社の一六五万株の株券の名義人らは、平成元年一月九日、米国第一次訴訟に関し発せられた前記差押命令の効力が右株券に及ぶことに異議を唱えて、米国第一次訴訟に参加した。(〈書証番号略〉)

6  米国第一次訴訟において、平成元年二月二七日、安富らに対し、連帯して一八三万五七五一米ドル及びこれに対する判決登録の日から支払済みまで年九分の割合による金員を支払うことを命ずる同意判決が下された。

平成二年六月一五日、原告らを含む前記株券名義人らはスティピュレーションにより前記訴訟参加を取下げた。(〈書証番号略〉)

7  平成二年一二月一〇日、前記判決を執行するためメリルリンチが被告に対し提起した特別訴訟(米国第二次訴訟)において、ニューヨーク州南部地区連邦裁判所は、被告に対し本件株券を含むTHT社の一六五万株の株券をアメリカン・セキュリティーズ社に引き渡すことを命じた。これにより、被告は本件株券の所持を失った。

米国第二次訴訟に関して、原告らは、参加の機会を与えるための通知を受領している。

8  被告の関連会社は日本に支店を有している。(〈書証番号略〉)

二判断

1  本件株券寄託契約の行為地について

(一) 証拠(〈書証番号略〉、証人安富清之)によれば、原告らは、安富が代表取締役をしている前記株式会社エムイーアイジャパンの関連会社(以下、エムイーアイとその関連会社を総称して「エムイーアイグループ」という。)あるいはその役員ないし社員であること、昭和六一年四月ころ、エムイーアイグループが開発したカラービデオファックスについて独占販売権をTHT社に与える旨の契約がエムイーアイとTHT社との間で成立し、その見返りにTHT社が同社の新株引受権二〇〇万株分をエムイーアイに割り当てたこと、エムイーアイが右新株引受権について払込をなしTHT社の新株二〇〇万株を取得したこと、本件株券が表章する各株式(本件各株式)は、右二〇〇万株の新株の一部であることが認められる。

(二) 原告らは、原告らがエムイーアイグループの発展や前記カラービデオファックスの開発に寄与した功労金として、右新株のうちそれぞれ別紙株券目録記載の本件株式をエムイーアイから有償または無償で譲り受け名義書換をしたのであり、本件各株式の所有者は原告らであると主張しており、それにそう証拠(〈書証番号略〉、証人安富清之)も一応存在する。しかし本件株券の寄託契約については、原告らが被告に対して日本を発信地として寄託契約の申込をしたことを示す証拠はない。原告らは、寄託契約の締結に関し安富が原告らの使者として行動したと主張するが、証拠(〈書証番号略〉、証人安富清之)によれば、本件株式売却のためどの証券会社を取扱機関とするかの選択は安富の裁量に委ねられていたこと、安富は被告に対し自己に本件株式の売却権限があるとして行動していること、被告は本件株式売却について安富を相手として手続を進め、原告ら本件株式の名義人についてはその住所等も知らないことが認められ、このことからすれば、本件寄託契約は、被告と安富の間で安富を本件株式の所有者として締結されたか(前記のとおり米国の裁判所において本件株式が安富らの資産として差押命令等が発せられていることはこのことを裏付ける)、あるいは少なくとも安富を本件株式売却についての原告らの代理人として、被告と代理人たる安富の間で締結されたと認めることができる。本件株式が米国証券取引法一四四条が定める制限株式であって、当該株式の市場での売却には目論見書を作成し米国証券取引委員会に対する登録を行ったうえで目論見書に従って売却することを要するという制限が付せられていること(〈書証番号略〉)は、安富が本件株式の所有者ないし原告らの代理人として売却手続を遂行することやその一環として被告との間で本件株券を寄託すること自体の妨げとなるものではないから、本件株式が制限株式であることをもって安富が本件寄託契約締結行為をなしえない(原告はそのように主張するのであるが)ということはできない。

2  国際裁判管轄について

(一)  当事者の一方が外国法人である民事訴訟事件について、日本の裁判所が管轄権を有するかどうかについては、これを直接規定した法規や条約はなく、一般的に承認された国際法上の原則もいまだ確立していないので、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を図る見地から条理にしたがって決定するのが相当である。そして、日本の民事訴訟法の土地管轄に関する規定が、国際裁判管轄についてではないものの当事者の公平や裁判の適正・迅速を考慮して定められたものであることからすれば、国際裁判管轄を決定するに際しても、同法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、民事訴訟法が当該裁判籍を認めた趣旨が今日の国際社会の状況の中で国際裁判管轄の決定については妥当しないと考えられる場合や裁判管轄権を肯定することによりかえって条理に反する結果を生ずることになる場合等の特段の事情がある場合を除き、日本の裁判所に国際裁判管轄を認めることが右条理にかなうと考えられる。

(二)  そこでまず、本件について日本の民事訴訟法の土地管轄に関する規定による裁判籍が日本にあるか否かを検討する。

安富が前記認定のとおり本件寄託契約の当事者ないし代理人のいずれであっても本件寄託契約の行為地は米国となる。当事者間に準拠法についての定めがあることを認めるに足りる証拠はないので、右契約の準拠法は法例七条二項により米国法となるから、損害賠償債務の義務履行地を原告らの住所地とする民法四八四条の適用はなく、他に本件について、民事訴訟法上の土地管轄を認めるに足りる証拠はない。したがって本件で日本に民事訴訟法の土地管轄の定めに準拠した裁判籍を認めることはできない。

(三) 仮に本件において何らかの民事訴訟法上の土地管轄が認められるとしても、本件においては、準拠法が前認定のとおり米国法であること、本件に関する証拠はほとんど英文で作成されておりかつ米国内に存在すること、被告が日本国内に資産や営業所を有している証拠はないこと、本件は前判示のとおり米国会社が発行する株券を米国内で売却しようとしたという米国内における経済活動に関する紛争であり、米国の裁判では前記のとおり既に決着済みであること等の特段の事情が認められ、本件について日本の裁判所に管轄権を認めることは当事者の公平、裁判の適正・迅速をはかる見地からする条理に反するものというべきである。

(四) よって本訴請求について被告との関係でわが国に国際裁判管轄は認められないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小田泰機 裁判官河本晶子 裁判官古田浩は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官小田泰機)

別紙株券目録

いずれもアメリカ合衆国デラウェア州法人THT社の株券

一 原告株式会社マイクロエレクトロニクステクノロジー

一一万五〇〇〇株(株券番号一五一四三ないし一五一五四)

二 原告東京三洋貿易株式会社

一一万五〇〇〇株(株券番号一五一五五ないし一五一六六)

三 原告株式会社ル・レーヴ

一一万五〇〇〇株(株券番号一五一六七ないし一五一七八)

四 原告アマストコンピューター株式会社

一一万株(株券番号一五二〇二ないし一五二一二)

五 原告株式会社キヨ

一一万株(株券番号一五二一三ないし一五二二三)

六 原告株式会社ガストロニック

一一万株(株券番号一五二二四ないし一五二三四)

七 原告株式会社ミアグ・ジャパン

一一万株(株券番号一五二三五ないし一五二四五)

八 原告熊谷孝雄

八万株(株券番号一五二四六ないし一五二五三)

九 原告正岡義男

八万株(株券番号一五二五四ないし一五二六一)

一〇 原告田中一三

八万株(株券番号一五二六二ないし一五二六九)

一一 原告田中重人

八万株(株券番号一五二七〇ないし一五二七七)

一二 原告辻橋貞利

八万株(株券番号一五二七八ないし一五二八五)

一三 原告田中愛子

七万五〇〇〇株(株券番号一五三〇二ないし一五三〇九)

一四 原告竹中照恵

七万五〇〇〇株(株券番号一五三二六ないし一五三三三)

一五 原告縣稔

六万五〇〇〇株(株券番号一五三三四ないし一五三四〇)

一六 原告尾木薫

六万五〇〇〇株(株券番号一五三四一ないし一五三四七)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例